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会社概要、保有機械についてはこちら:会社概要

太陽舗道という会社が滋賀県に昭和48年に創業して数十年。

世襲制ではなく、それぞれの代表者が次なる代表者を決めてバトンを渡し続けてきた会社である。

代表者が変わっても、変わらない太陽舗道という形。それを今一番知っているのは太陽舗道株式会社の4代目となる田中正彦氏となる。

右も左もわからなかった舗装業界に飛び込み、研鑽を磨いてきた今まで。そしてこれからの太陽舗道について語っていただきました。

奥深い舗装業の仕事ゆえにのめり込んでいきました。

—-太陽舗道へ、まず入社した時のきっかけから教えて下さい。

僕が入社した頃は21歳の時だったんですが、元々は家が設備業だったので家業を引き継ぐ予定でした。

長男という立場ではあったんですが、設備業に関しては次男に次いでもらい、僕は違う仕事をすることにしました。

最初は同じ設備業でもいいかなと思っていたんですが、やはりライバルとなる会社に就職するには気が引けます。建設という仕事は好きだったので、違った形で作る仕事がしたいなと思って舗装業界に進みました。

—-建設業の中でも他にも様々な作る仕事はある中、舗装業を選ばれたのは?

語弊があるかもしれませんが、当時は建設業の中でも舗装業は結構単純で早く一人前になれるんかなという考えだったんです。

でも実際にやってみたらそんなことはない。技術的にも人間的にも舗装業というのは奥深さがあり、その奥深さ故にのめりこんでいきました。

—-舗装業のこれまでの仕事で一番思い入れがあった仕事を挙げるとすれば?

それは初めて自分が現場担当した道ですね。

旧甲賀町に今もある道なんですが、現場担当になって、指揮をして最終的に道が出来て通れるようになった時の感動は忘れられません。
社員もそうですが、実際にそういう思いをするとその道への思い入れも出来ますし、用がなくてもわざわざ見に行ったりしてしまいます。

舗装業の良いところは、普段使用する場所を自分達が修繕して作れる所。道路が良くなって通りやすくなってというのが一利用者としても実感できるんです。

YESマンばかりの会社なんて良くならない。

—-他の社員の方々にインタビューしても舗装業という仕事自体に魅力を感じておられるというのが伝わってきます。そんな中現場担当から社長になられた経緯について教えて下さい。

僕が現場を10年、営業を12年経験し、入社して22年目で社長に就任したのですが、現場から営業になれと言われた時から3代目が僕を社長に育てようと思ってくださっていたようです。

社長になったのが平成21年12月です。実際に社長になると、思っていたのとは違うなと感じました。

—-というのは?

もっと社長になったらお金の面で苦労すると思っていました。

社長に就任したのが建設業の氷河期でしたので、先代にレールを引いてもらい、資産を残してもらい、その年々に波はありましたが、スタッフにも恵まれ仕事が順調に受注できる環境でした。

—-なるほど。社員を経て社長になって良かった部分にはどんなことがありますか?

一従業員から経営まで携わって、従業員の生活を第一優先に考えるようになれたのは本当に良かったです。

また僕自身、社員が社長の意見にYESマンだと会社がよくならないと思っています。

社長が社員に指示しても、○だと思って同意して動いているのか、△や×だと思って動いているかでは全然違いますよね。
それなら皆で議論した結果、皆で同じ方向を向いていきたいと思っています。

その為に普段から会議で皆にどんどん発言してもらいたいと思っています。

—-もしその意見で社長と違った意見の場合はどうなるんですか?

社長としては社員に違う意見を言われたら、100点の社長ではないと言われている気がして悔しいと思うのは当然だと思います。

しかし議論した結果、社員の意見が正しいと思えば社員の意見を尊重します。

おそらくそれで社長の意見を押し通しても、社員はそれを○としては受け止めないでしょう。社員の意見が正しいのであれば僕の考えを改める必要がありますし、そうすることによって社員は社長を認めていってくれると思っています。

なによりこの背中は正しかったと思ってもらえるのではないでしょうか。

—-そうすることでより会社が一丸となりそうですね。

それの日々繰り返しだと思うんですよね。

そうしないと会社はよくならない。やっぱり日々勉強、死ぬまで勉強です。トップダウンで社長の言うことで一列に並んで全部イエスマンの会社は絶対成長しないと思っています。

そうでないと次の世代の人が育たないと思います。僕の娘二人も将来全く違う方向を向いているので、僕も世襲性をしようとは思わないし、5代目を育てたいと思っています。

育てる為にも20代の若い方をいれていきたいなと思います。

若い人をどんどん育てていきたい。

—-20代の若い方は面接に来られるんですか?

いえ、全然ですね。

2011年ごろから職安を通じて近隣の工業高校に求人を出したり、説明会に出向いたりしていますが応募する生徒が0人だったなんてことはよくあります。

—-舗装業という仕事に魅力を感じられていないのでしょうか?

そうですね。どうしても3Kや4K(汚い、きついなど)でイメージ的にね。
確かに絶対ないとは言えません。でもそこだけを見るのではなくて、舗装業だからこその魅力のあるところを伝えていきたいです。

—-先ほど述べられた道が完成した時の嬉しさ!などですよね。求人の苦労という面では同業他社でも一緒なのですか?

やはり同じ悩みを持っておられます。

舗装業というよりも建設業自体にやはり魅力を持たれていない原因もあるかもしれません。

どの会社も40代から30代までパラパラと。30歳以下は皆無に等しい状態です。

社長という立場に立ったときに、やはり若い人を育てたいんですよ。フレッシュマンを育てたいという想いは強いです。

それは僕だけではなく、社員全員で育てていく。入社した当初舗装に関する知識がなくても、それは当然です。

そこからどうやって伝えていけばより舗装業を好きになってやりがいを持ってくれるか。それは社長の僕の仕事でもあると思っています。

舗装業はこんなに面白い。それをどんどん伝えていきたい。

—-例えば目線を変えると、新卒の方よりも一度どこかに勤めた方が「こういうことがしたかった」「何か新しいことがしたい」と思った時に今回のホームページであったり何らかのきっかけで
一度トライしてみようかなとなる人の方が多そうですね。

そうなんですよ、おっしゃる通りで、高校で新卒者が欲しいと思っても、何か違うんですよね。

アピールするものが数ページの冊子・ガイドだけでは心を揺れ動かすものができない。なので一度違うところで仕事を経験して、そこで自分の人生と違うな、と思った時にうちに入ってもらった方が仕事の魅力を感じてもらえると思います。うちの社員がほとんどそうなので。

—-皆さん違う業界から入られて、比較されて初めて良さを知る部分があるのですね。

そうです、私もそうですし。

確かに条件だけをみると滋賀県でも休みが多かったり給料が多かったりっていう会社が多いと思うんですが、会社としての雰囲気っていう部分をホームページで伝えられて、かつ、自分のしたいことが舗装業なのかもしれないっていうのを伝えられればいいかなと思っています。

—-求める人材と太陽舗道の魅力を教えてください?



現場は5~10人で作業をします。人数が少ない分、一人の役割分担が多くなり責任が増えますが、そこでの達成感は他の産業とは違うと思います。例えば百人なら百人で一つのものを作って、百人が一つの会社としたら1/100の責任と権限ですよね。達成感も同じだと思っています。そういうところでこの仕事に魅力を感じた方と、この仕事に向いていると思った方に興味を持っていただけると嬉しいです。

建設業=きついではなく、違った目線で実際に働いてみることでより良さを知ってもらえる。

やはり、大空の下で色んな人に喜んでもらえることが醍醐味です。

この太陽舗道という会社が今後も存続し続けるために、新しい人の風というのをどんどんいれていきたいと思います。